第58回 春の女神 ギフチョウ

文・写真:佐藤 邦夫

20年ほど前の4月中旬のある日、心地良い春の日差しを浴びながら、下刈りの行き届いた植林地の中に腰を降ろし、あたり一面を無数に飛ぶ黄色と黒のだんだら模様のチョウを眺めていました。体の周りにも次から次へとひっきりなしに飛んで来ます。ギフチョウの多産をなかなか信じようとしない京都や大阪に住む友人数人を中町(現多可町)に案内した日のことです。
みなさんギフチョウをご存知でしょうか。春の女神とも言われ、早春にだけ現れるアゲハチョウ科のチョウです。学名をリュードルフィア・ジャポニカと言うように日本特産種で、東北南部から山口県中部までの本州部だけから知られています。兵庫県にも広く分布していますが、淡路島と、どういうわけか西播磨には分布していません。食草は葵の御紋で有名なカンアオイ類(ウマノスズクサ科)で、但馬ではサンインカンアオイ、瀬戸内側はヒメカンアオイ、丹波の一部ではミヤコアオイ、扇ノ山などの高地ではウスバサイシンを食べるようです。また、カンアオイ類は蝸牛媒花と言われていましたが、最近の研究ではキノコバエの一種が花粉を媒介するとの報告があります。

環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類、兵庫県版レッドデータブック2003Bランク、これが現在のギフチョウの評価ですが、20年前の当時でも珍しいチョウだと言われていました。しかし、但馬北部や東播磨、北播磨、三田などには結構いるなというのが当時の私の印象でした。しかし、中町のようにこれだけの規模でいるのは他には知りません。どういうわけか数年後この場所は多くの人に知られるところとなり、自然と私の足は遠のいていきました。
3年前の4月、無性にギフチョウの写真を撮りたくなり、久しぶりにこの地を訪れたところ、様子が一変していたのです。あたりまえのことですが、植えられたスギ、ヒノキは大きく成長していました。林内は薄暗く、地表に絨毯のように生えていた食草のヒメカンアオイも、むきだしになった地面にわずかにあるだけでした。1時間ほど歩き回ってようやく3頭の撮影をしましたが、コバノミツバツツジのピンクの花に吸蜜に訪れた姿は、まさしく春の女神と呼ぶにふさわしいものでした。翌年は西脇市にある森林公園に向かいました。ここも、以前は少なからずギフチョウが見られたところですが、今は余り手入れがされておらず、森の中に足を踏み入れることさえできません。しかし、わずかに草が刈られた部分にはヒメカンアオイが育ち、幾つかのギフチョウも見ることができました。昨年は、5月3日と時期が遅かったため、標高の高い豊岡市(旧日高町)の三川山を訪れました。雪が残る林道沿いに登っていくと、芽吹き間もないブナなどの落葉樹と点在するタムシバの花が調和して見事です。日陰にはヤマルリソウやイカリソウの花、日当たりの良いところにはスミレの仲間やショウジョウバカマが咲き競っていました。肝心のギフチョウは、日当たりの良い、間伐の行き届いたヒノキ林内にかなりの数を見ることができ、林床にはサンインカンアオイの株があちこちにありました。帰りにはスズコ(ネマガリタケのタケノコ)を少し頂戴して、春の一日を満喫することができました。

さて、今年は何処に撮影に行こうかと思案しています。良い場所があったら教えて下さい。ボランティアの活動地では女神たちがきっと皆さんに感謝していることでしょうから。