第62回 モミに刻まれた不思議な模様 オオトラカミキリ

文・写真:佐藤 邦夫

トラカミキリの仲間は漢字で書くと虎天牛。兵庫県を象徴する2種の動物が名前に入っています。虎は言わずもがなの兵庫県をフランチャイズとする阪神タイガース。牛は神戸牛や松坂牛の素牛となる但馬牛です。現在、兵庫県からは37種のトラカミキリ類が知られていますが、みなさんに馴染み深いのはスギ、ヒノキの大害虫であるスギノアカネトラカミキリでしょうか。オオトラカミキリはその中の最大種、というよりトラカミキリ類の世界最大種です。

オオトラカミキリは日本特産種で北海道から九州までの本土部分から知られています。成虫は北海道や本州の高標高地では7月下旬頃から、本州の低標高地では8月中旬頃から出現します。モミの樹冠部で活動するため、めったに姿を見ることができません。メスは産卵のため樹幹部に降りてくることがあり、採集される個体のほとんどはメスです。もともと数が少ないうえ、その特異な生態のおかげで、広く分布する東京周辺でも、いるのに採れない、採りたいけれど採れない昆虫の代表格です。

オオトラカミキリは京都府大悲山産の標本を元に新種記載されました。しかし、京都府では1882年の原記載以来発見されず、2009年に再発見されるまで100年以上が経過しています。しかも、これが本州部の分布西限になっていました。それは何故でしょうか。オオトラカミキリは幼虫がモミ類(Abies属)の生木樹皮下を食べますが、最初は稲妻状に、途中から渦巻き状に、最後は渦の中心で蛹になり羽化脱出します。これらは樹皮下で行われるため外見からはわかりませんが、加害されたモミは盛んに白い樹脂を流出させています。その後、数年を経過し、モミの成長に合わせて古くなった樹皮が剥がれ落ちると、幼虫の食痕がくっきりと幹の表面に浮かび上がってきます。このため、成虫が発見されなくてもモミに残る食痕で生息がわかります。大悲山のモミにはこの食痕が残っていました。

2006年9月、兵庫県にもオオトラカミキリが絶対いると主張する(根拠なく)阪神ファンの友人を案内して、宍粟市山崎町にあるモミを見て回っていました。そこには、樹幹に渦巻き模様や勾玉模様のついたモミがあちこちにあり、ヤマビルの猛襲を受けながらも、3年後の2009年ついに成虫を発見することができました。オオトラカミキリは北海道のトドマツ人工林を加害する林業害虫として扱う文献もあり、環境省レッドリストには登載されていませんが、登載されてしかるべき希少な昆虫であるのは間違いありません。

宍粟市は「揖保乃糸」ブランドの素麺生産地です。その「揖保乃糸」の輸送用の箱には昔からモミが使われてきました。日本一のモミの巨木は篠山市の「追手神社の千年モミ」です。このように、モミは兵庫県とは縁が深く、瀬戸内側の低山地に広く分布しています。特に神社の社叢やスギ人工林の中に点在しているのを良く見かけます。みなさんの活動地にモミがあれば樹幹を見て下さい。不思議な模様があれば、それはオオトラカミキリが生息している証拠です。みなさんの目には何の模様に写るでしょうか。