第64回 シカからのプレゼント オオセンチコガネ

文・写真:佐藤 邦夫

今から10年ほど前の9月中頃、宍粟市一宮町にあるアカガシの巨木で有名な池王神社近くで植生調査をしていた時のことです。オオセンチコガネが時々飛んで いたのですが、午前10時を回った頃から時々が度々になり、ついには地面から沸き立つように飛び出し始めました。2時間ほどで何事もなかったかのように収 まりましたが、赤緑色に輝く甲虫が大きな羽音をたてて飛び交う様は、ゲンジボタルの乱舞にも似たすばらしい光景でした。

オオセンチコガネなど動物の糞を食べるコガネムシ上科の甲虫は糞虫(ふんちゅう)と総称されています。センチとは便所の古語である雪隠(せっちん)が 訛ったもので、漢字で書くと大雪隠黄金虫といったところでしょうか。ちなみに、ファーブル昆虫記やエジプト文明で有名なスカラベ(ふんころがし)も糞虫の 仲間です。オオセンチコガネは名前からくるイメージとは異なり、赤、緑、青、紫などの金属光沢に輝き、「飛ぶ宝石」と例える人もいます。日本全国に分布し ていますが、琵琶湖南部から鈴鹿山脈にかけては緑色に、紀伊半島では青色に輝くため、それぞれミドリセンチ、ルリセンチと別の名前で呼ばれています。残念 ながら兵庫県では一般的な赤緑色の個体がほとんどですが、赤紫や黒緑っぽい個体も見られます。天然記念物として鹿が保護されている奈良公園には森の中にル リセンチがたくさんいますので、機会があれば兵庫県産と比べてみるのも面白いと思います。

兵庫県のコガネムシ研究の第一人者であった故高橋寿郎氏は「きべりはむし24号第1巻(1996)」に「オオセンチコガネとセンチコガネ-兵庫県での分 布を中心として-」と題した論文を寄稿していますが、これによると、1871年に神戸で採集されたオオセンチコガネの標本がイギリスの大英博物館から県立 人と自然の博物館に寄贈されているそうです。神戸では戦前に数件の記録があったようですが、現在は見ることができません。また、「かって多可郡下でバケツ 一杯もの採集が出来たといった夢のような話は現在では無理だと思われるが、・・・」とも述べています。友人の話では、当時、多可郡加美町に町営の牧場があ り、そこではオオセンチコガネが牛糞にたくさん見られたそうです。県下に広く分布するセンチコガネと異なり、シカの被害が各地で報告されるようになった昭 和50年代頃から徐々に増え始め、分布域も広がり、夢のような話が各地で現実のものとなっています。これにはシカの増加と分布拡大に要因があることは明ら かで、もともと分布していない淡路島は別として、シカの少ない但馬北部や瀬戸内沿岸部には見られません。

オオセンチコガネはシカなどの獣糞の下に深い穴を掘り、そこに糞を詰め込んで産卵をします。幼虫はその糞を食べて成長するわけですが、この習性のおかげ で森の中がシカの糞だらけにならずに済んでいるのです。奈良公園ではホウキとチリトリを持った人間がせっせとシカの糞を片づけていますが、自然界ではオオ センチコガネなどの糞虫がこの役割を担っています。森の中で宝石のようなオオセンチコガネを見るにつけ、それはシカから森へのプレゼントではないかと思っ てしまうのです。